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東京高等裁判所 昭和33年(ラ)512号 決定

抗告人 菊池康夫

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由 別紙のとおり。

二  当裁判所の判断

抗告理由の第一点は、執行吏は、本件建物の保管者として、本件仮処分命令に違反してなされた増築の部分を除去する執行を自らなし得るものであり、本件建物の収去命令は不必要であるから、その命令を求める本件申請はその利益を欠くものであるというのであるが、本件のように、債務者の建物に対する占有を解いて、その占有を執行吏に移し現状を変更しないことを条件に債務者にその使用を許す趣旨の仮処分があつたのにかかわらず債務者がこの仮処分に違反して建物の現状を変更した場合に、その変更した部分の工作物の除去を求めるためには、民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十八条、第七百三十三条第一項及び民法第四百十四条第三項により仮処分裁判所の執行命令を得る必要があると解するのが相当であるから、この点に関する抗告理由は採用できない。

抗告理由の第二点は、本件建物の増築は、抗告理由二に記載のような必要に迫られてなしたもので、もしその取毀が許されるならば、居住者である抗告人の兄菊池一富の営業、生活が脅かされる虞があるのみならず、社会経済上の損失であり、その反面、仮に本案訴訟で債務者である抗告人が敗訴し本件建物を収去しなければならない事態に立ち到つたとしても、その執行は容易であり、債権者の被るべき損害は金銭をもつて償うことのできるものであるから、抗告人は特別事情による仮処分取消の申請をなすべく準備中であるが、以上のような事情のもとで今直ちに建物収去命令の執行をしようとするのは権利の濫用であるというのであるが、仮に抗告人主張のような事情があるとしても、このような事情は本件仮処分命令取消の事由として主張するのは格別、これをもつて本件建物収去命令に対する抗告の理由とすることは当らないものというべく、本件建物の増築が建物の現状不変更を条件として債務者にその使用を許した本件仮処分命令に違反してなされたものであること一件記録に徴し明白である以上、その増築部分の除去を求める本件申請をもつて権利の濫用ということができないことはもちろんであるから、抗告理由第二点も到底採用することができない。

すなわち原決定には違法の点がないので本件抗告はこれを棄却すべきものとし、抗告費用は抗告人の負担として主文のとおり決定する。

(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 位野木益雄)

(別紙)

抗告趣旨

原決定はこれを取消す

訴訟費用は相手方の負担とする

との御裁判を求める。

抗告の理由

一、相手方の申立は申立の利益を欠くものであり棄却せらるべきものである。即ち

(1)  相手方は既に申請の理由第一項掲記の仮処分命令を得てこれが執行を了し、物件目録記載第一の家屋は執行吏の保管するところとなつている。

而して現状不変更を条件として使用を許可しているものであるから仮りに本件が現状変更により取毀を許されるとするならば執行吏は保管者として自ら之が除去の執行をなし得るものと解せられるところで敢て、本申立を必要としないものである。

(2)  そうであれば相手方の本申立は申立の利益なきに帰し、この点に於て本申立は、申立の利益なきに帰しこの点に於て本申立は棄却を免れないものである。

二、仮りに申立の利益ありとするも相手方の申立は権利の濫用である。

即ち、

(1)  本件仮処分の本案である土地所有権の帰属については本件当事者間に於て争いの存するところで未だ審理中である。而して前記相手方申請の仮処分は昭和三十年一月十九日執行せられたことは相手方申立理由記載の通りで現在迄既に三年有半を経過した。

(2)  此の間に於て抗告人は本件家屋(物件目録中増築部分を除く)に抗告人の実兄である申立外菊地一富に使用せしめ、抗告人も当初同居していたものであるが右一富はラジオ部品製造業を右家屋に於て営み仮処分後三年有半を経過し、事業の拡張に伴い家屋の狭隘を来し、事業遂行上これが増築をする必要に迫られた。

抗告人は右の事情に鑑みその生活上の必要を認め、法律上の知識とぼしきまゝに抗告人の名に於て申請書別紙物件目録記載の部分を増築したものである。

(3)  抗告人の法律的知識の欠除から本申立の因を招来したことは遺憾であるが右増築部分を含めて当該家屋は前記一富の営業の基礎となつているものである。増築着工後間もない時期に於てならば兎に角、現状に於て本申立が許容せられるならば右一富の営業、永年の成果は一朝にして覆されその生活をも脅かされる虞がある。

又一面に於て既に完成せる家屋の取毀しは社会経済上の損失でもあり、いづれの点からみても発生する損害は異常のものである。

(4)  その反面本案訴訟の確定に於いて仮りに抗告人が本件家屋を収去しなければならない事態に立到つたとしてもその損害は金銭を以つて償うことの出来るものであり、その執行が必ずしも著しき困難を来すものではない。

(5)  抗告人は前記仮処分についても特別事情による仮処分の取消申請を準備中であるが、今直ちに相手方に於て仮処分命令による代替執行をなさんとするのは以上の事情に於いては権利の濫用たるを免れないものである。

三、右一、二の理由を考慮せずなされた原決定は明に違法であつて取消さるべきである。

物件目録

第一、東京都豊島区池袋三丁目一二七二番地(登記簿上の所在地番は同所一二七六番地)

家屋番号 同町甲第一二七六番

一、木造板葺平家建 居宅 一棟

建坪 八坪(実測瓦葺建坪九坪三合七勺五才)

の建物の屋根を取除きその上に増築したスレート瓦葺の八畳、六畳、四、五畳の三室及び廊下等約一五、六坪の二階の部分

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